
日本の高年齢労働者人口は増加の一途をたどり、企業にとって「高齢者が安全かつ健康に働き続けられる環境づくり」は喫緊の課題となっています。特に、令和8年4月1日より施行される「高年齢労働者の労働災害防止の推進」により、企業は従来以上に高年齢者の特性に配慮した職場環境整備が求められるようになりました。
本記事では、厚生労働省が定めた「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」を中心に、法改正の背景や新たな企業の努力義務、具体的な実務対応のポイントについて、実例を交えながらわかりやすく解説します。
高年齢労働者とは?定義と社会的背景

高年齢労働者とは、一般に60歳以上の就労者を指します。厚生労働省では65歳以上も含める場合が多く、定年延長や継続雇用制度の普及により、70歳を超えて働く人も珍しくありません。
背景には、以下の社会的要因があります
- 少子高齢化による労働力人口の減少
- 公的年金制度への不安から、長く働きたい意欲の増加
- 人材不足に苦しむ中小企業が高齢者に活路を見出す動き
このような時代背景をふまえ、企業は単に「高齢者を雇う」のではなく、「安全に働き続けてもらう」仕組みづくりが求められています。
なぜ今「安全と健康確保」が重要なのか?
高年齢労働者の増加に伴い、労働災害の割合も上昇傾向にあります。特に以下のような事例が目立ちます:
- 転倒・つまずきによる骨折事故
- 持病の悪化による急な体調不良
- 職場環境の変化に適応できずストレスを抱える
実際、60歳以上の労働者による労災の発生率は若年層の約2倍という調査結果もあり、従来の労働安全衛生対策だけでは対応しきれない状況です。
そのため、国が主導して策定したのが「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」です。
【重要】令和8年4月1日施行:労働災害防止の推進と企業の努力義務
2025年(令和7年)を境に高齢化がさらに加速する日本において、国はより強力な施策として令和8年(2026年)4月1日から新たな制度改正を施行します。
この改正の柱は以下の通りです
◆ 高年齢労働者の労働災害防止の推進(R8.4.1施行)
- 高年齢労働者の特性に配慮した作業環境の改善、作業管理などの措置を講じることが、すべての事業者にとって「努力義務」とされます。
- 加齢に伴う身体機能や認知機能の変化を踏まえ、転倒・熱中症・心身の不調などを未然に防ぐための実践的対策が企業に求められています。
- 国(厚生労働省)は、企業が適切かつ有効に取り組むための「指針」(=ガイドライン)を定め、事業者はその内容に基づいた体制整備・職場改善を行う必要があります。
この施行は、単なる制度変更にとどまらず、安全配慮義務の具体化とも言えます。高年齢労働者の雇用継続を考えるうえで、「安全・健康・職務の適合性」を軸にした戦略が、今後すべての企業に不可欠です。
ガイドラインの目的と基本構成
本ガイドラインは、令和8年改正に基づき、事業者が労働災害防止のために講じる措置を具体的かつ実効的に支援するための「指針」として位置づけられています。
目的は「高年齢労働者がその能力を十分に発揮し、安全かつ健康に働き続けられる職場環境の整備」です。
高年齢労働者特有のリスクとその対策

高年齢労働者には、以下のようなリスクが特有です
- 聴力・視力の低下:注意喚起や危険表示の認識が遅れる
- 筋力・柔軟性の低下:転倒・転落事故のリスク増
- 認知機能の変化:マニュアル通りに対応できない場面が増える
これらに対しては、次のような対策が有効です:
- 文字の大きな掲示・音声案内の導入
- 作業手順の「見える化」
- 負担の大きい動作を回避する機器導入(リフト・自動搬送機など)
令和8年の制度改正は、まさにこうした高年齢者特有のリスクに対して企業が「先回りして備える」ための法的後押しといえます。事故後の対応ではなく、「起こらない仕組み」を整えることが重要です。
導入事例に学ぶ!現場での成功事例

A社(製造業):作業動線の短縮と椅子の導入で腰痛発生率が半減
高年齢労働者の多かったラインにおいて、無理な立ち作業を減らすため椅子作業を導入。また、物品配置を見直し動線を短縮した結果、作業者の負担が軽減され、離職率も改善。
B社(小売業):定年後も働ける「ゆるやか就業制度」を導入
週3日・1日4時間勤務の選択肢を設けたことで、70代の従業員でも無理なく働ける体制が整い、ベテランの接客ノウハウが店舗の価値向上につながった。
よくある誤解と対応すべき課題
- 誤解1:高齢者は危ないから働かせない方がいい
- → 環境整備と教育で多くのリスクは軽減可能
- 誤解2:若手と混在すると効率が下がる
- → 多様性を活かした役割分担がむしろ生産性を向上させる
- 課題:管理職がガイドラインを理解していない
- → マネジメント層への定期的な研修が不可欠
今後、企業が「努力義務だから」と軽視すれば、指針と実態が乖離し、重大事故や行政指導につながる可能性があります。ガイドラインは“努力”という名の事実上のスタンダードであると捉えましょう。
高年齢者を戦力化するための職場づくり

ガイドラインの本質は「配慮」ではなく「活用」にあります。高年齢者の豊富な経験や安定した勤務態度は、むしろ若手の育成にも役立つ戦力です。
企業が以下を整えることで、高年齢者は「補助要員」ではなく「現場を支える柱」となり得ます
- 年齢に応じた評価制度
- 安全で快適な職場環境
- 定期的な健康モニタリング
- 多様な働き方の選択肢
ガイドラインに従って環境整備を進めることで、安全確保だけでなく、高年齢者が持つ知見・安定感・対人スキルを最大限に活かせる組織が形成されます。
まとめ:安全・健康・生産性のバランスを取るために
2026年4月以降、高年齢労働者の安全と健康確保は、名実ともに「すべての企業に課された責務」となります。
特に、災害防止のための努力義務と、それに沿った指針(ガイドライン)の存在は、労務管理の新たな基盤です。
企業がこれを受け入れ、実効性ある取り組みを続けていくことで、高年齢者も若手も共存できる安全な職場が実現します。安全、健康、そして生産性。その3つのバランスを保つために、今こそ組織のあり方を見直す好機と言えるでしょう。