
トルエンは多くの製造業や塗装業、印刷業などで広く使われている有機溶剤ですが、その揮発性や毒性から、労働者の健康被害リスクを伴う化学物質でもあります。企業がトルエンを取り扱う際には、労働安全衛生法および有機溶剤中毒予防規則(有機則)に基づき、厳格な安全対策が求められています。
本記事では、「トルエン」の安全対策に関心を持つ企業担当者の方に向けて、具体的な対策内容・法的根拠・実務でのポイントをわかりやすく解説します。
トルエンとは?その特性と危険性
トルエン(Toluene)は、ベンゼン環にメチル基が結合した芳香族炭化水素で、塗料、接着剤、印刷インキ、洗浄剤などに広く使用されています。無色透明の液体で、揮発性が高く、特有の甘い芳香があります。

主な危険性
- 吸入による中枢神経系への影響(めまい、頭痛、意識障害)
- 皮膚からの吸収による皮膚炎
- 長期ばく露による肝・腎障害
- 引火性が高く、火災・爆発のリスク
これらの特性から、トルエンは「労働安全衛生法」および「有機溶剤中毒予防規則」において、第2種有機溶剤として規定され、厳格な管理が求められます。

法的根拠:トルエンの取り扱いに関する主な法規制
■ 労働安全衛生法(安衛法)
- 第28条(危険有害物への対策)
→ 事業者は、危険または有害な化学物質を取り扱う作業に対して、労働者の健康障害を防止する措置を講じなければなりません。 - 第57条(表示およびSDSの交付)
→ トルエンは表示義務物質であり、容器や包装にはGHS表示を行い、SDS(安全データシート)の交付も必須です。
■ 有機溶剤中毒予防規則(有機則)
- トルエンは第2種有機溶剤に分類され、使用や作業方法に関する詳細な規定が設けられています。
企業が実施すべき安全対策一覧
ここでは、法令を根拠に、企業がトルエン取り扱い時に実施すべき具体的な対策を紹介します。
① 使用場所の換気・排気装置の設置(有機則第5条)
局所排気装置や全体換気装置を設置することが義務付けられています。
- 揮発したトルエンを吸引・除去することで、大気中の濃度を抑制
- 局所排気装置の設置が困難な場合、呼吸用保護具の使用が代替措置となります(第7条)
✅ ポイント: 排気能力の定期点検、ダクト内の清掃、排気先の安全確認を怠らない

② 作業主任者の選任(有機則第10条)
トルエンを取り扱う作業には「有機溶剤作業主任者」の選任が義務づけられています。
- 作業の管理、保護具の使用状況の確認、換気装置の点検などを担う
- 資格要件:所定の講習(18時間程度)を修了した者
③ 作業環境測定の実施(安衛法施行令第21条)
トルエン使用作業場では「作業環境測定」が必要です。
- 測定周期:6ヶ月ごと(第1管理区分の場合)
- 測定結果に応じて、管理区分(1〜3)を決定し、必要な改善措置を講じる
✅ 改善例: 管理区分が「第3区分」(濃度が基準値以上)の場合、換気の強化や作業方法の見直しが必要
④ 健康診断の実施(有機則第29条)
トルエンを取り扱う労働者に対しては、定期的な特殊健康診断が必要です。
- 項目:尿中トルエン濃度、血液検査、問診など
- 実施頻度:6ヶ月以内ごとに1回
- 結果は3年間保存義務あり(安衛法施行規則第51条の2)
⑤ 保護具の着用
呼吸用保護具(防毒マスク)、耐溶剤性手袋、ゴーグルなどを適切に支給し、正しく使用させる必要があります。
- トルエンの蒸気は吸入による健康影響が大きいため、局所排気装置やプッシュプルなどの換気装置が設置できない場合は、防毒マスク(有機ガス用)は必須
- 防毒マスクのフィルターは使用時間に応じて定期交換が必要

⑥ 表示とSDSの管理(安衛法第57条)
- 容器や作業場にはGHS対応のラベル表示をする
- SDS(安全データシート)を作業者に配布・掲示
✅ 表示内容: トルエンの危険有害性、応急処置、保管条件など
⑦ 作業マニュアルの整備と教育訓練(有機則第15条)
- 作業者に対する化学物質管理教育の実施が必要
- 内容:トルエンの危険性、保護具の使い方、緊急時対応
✅ ポイント: 新人教育だけでなく、年1回以上の定期教育も推奨されます
女性や妊産婦の就業制限について(労基法)
トルエンなどの有機溶剤は、強い毒性や生殖機能への悪影響があるため、労働基準法施行規則第61条および有機溶剤中毒予防規則により、一定の作業について女性の就業が制限されています。
特に妊娠中または出産後1年以内の女性労働者は、トルエンを扱う製造工程や密閉されていない状態での高濃度作業には従事できません。
これは胎児へのリスクや母体への健康被害を防ぐための措置です。企業は法令に基づき、女性労働者の就業内容を適切に管理し、必要な配慮と安全対策を講じることが求められます。

「生殖毒性」ってすごく怖そうな言葉ね。。
うちの職場でもトルエンを使用しているけど、大丈夫かしら。

トルエンは利便性が高く、いろんな化学溶剤に含まれているんだけど、実は健康リスクの大きな物質なんだ。危険性を従業員に伝えて、しっかり安全対策しないといけないね!
トルエン使用時の緊急時対応体制の整備
事故や漏洩などの緊急事態に備えた対応も企業の責任です。
■ 漏洩・火災時の対策例:
- 揮発防止のため、砂や吸着マットで封じ込め
- 火気の遮断、爆発防止措置
- 屋外への迅速な避難誘導
■ 応急処置:
- 皮膚に付着した場合は速やかに石けんと水で洗浄
- 吸入による影響があれば、新鮮な空気を供給し安静に
- いずれも産業医や医療機関の受診が必須
トルエン対策におけるよくあるミスと注意点
- 「少量だから問題ない」と過信して換気設備を設置しない(※有機則2条の適用除外を確認)
- 防毒マスクのフィルター交換を怠る
- 作業環境測定の実施を忘れる、または結果を放置する
- 作業主任者を選任していない、または業務をさせていない
これらは法令違反につながるばかりか、労働者の健康被害や労災事故の原因にもなります。
まとめ
トルエンを使用する企業には、安全対策の徹底と継続的な管理体制の構築が求められています。労働安全衛生法や有機溶剤中毒予防規則に準拠した措置を講じることで、労働者の健康を守り、コンプライアンスを遵守した企業経営が可能になります。
安全なくして生産性なし。 トルエンを安全に取り扱うためには、制度に基づく対策と現場実務の融合が鍵となります。今一度、貴社の対応が法的要件を満たしているかをチェックしてみましょう。